家づくりにおいて、外構は後回しにされやすい。
多くの場合、建物の間取りや設備、内装に予算と意識が集中し、外構は最後に「残った予算で整えるもの」として扱われる。しかし、私はこの考え方に強い違和感を持っている。なぜなら、外構は単なる家の飾りではなく、その家での暮らし方そのものを決める大切な要素だからである。
外構とは、門まわり、駐車場、アプローチ、庭、フェンス、植栽など、建物の外側にある空間全体を指す。一般的には、建物を引き立てるための付属物のように思われがちだが、実際にはそうではない。家に帰って最初に目に入るのも外構であり、来客を迎えるのも外構である。車を停める、荷物を運ぶ、子どもが遊ぶ、洗濯物を干す、隣地や道路からの視線を遮る。こうした日々の動作の多くは、建物の中ではなく、外構によって支えられている。
つまり外構は、見た目のためだけにあるものではない。暮らしを安全にし、便利にし、気持ちよくするための生活基盤である。
特に近年は、庭に対する考え方も変わってきている。昔のように、木をたくさん植え、手入れを楽しむ庭だけが正解ではない。共働きの家庭が増え、高齢化も進む中で、手入れが負担にならない庭を求める人も多い。雑草に悩まされない庭、視線を気にせず過ごせる庭、家族が自然と外に出たくなる庭。そうした庭は、決して贅沢品ではなく、暮らしの質を整えるための空間である。
それにもかかわらず、外構は家づくりの最後に回されることが多い。これは大きな問題である。建物を先に決めてしまうと、駐車場の位置、玄関までの動線、庭の広さ、隣地との距離感などが後から調整しにくくなる。結果として、せっかく立派な家を建てたにもかかわらず、車が停めにくい、道路から丸見えになる、庭が使いにくい、予算が足りずに中途半端な外構になる、ということが起こる。
家は建物だけで完成するものではない。建物と外構が一体になって、はじめて暮らしの器になる。
私は、外構を「最後の仕上げ」ではなく、「家づくりの最初に考えるべきもの」だと考えている。どのように暮らしたいのか。休日をどう過ごしたいのか。家族でどんな時間を持ちたいのか。外からの視線をどこまで遮りたいのか。将来、手入れにどれだけ時間をかけられるのか。こうした問いから考えていくことで、建物の配置や窓の位置、玄関の向き、庭の使い方まで、より現実的で後悔の少ない計画になる。
外構には、その家に住む人の価値観が表れる。
ただ安く済ませたいのか。見た目だけ整えばよいのか。それとも、長く安心して暮らせる空間にしたいのか。もちろん予算には限りがある。すべての希望を叶えることは難しい。しかし、限られた予算の中でも、何を優先するかを丁寧に考えることはできる。大切なのは、外構を単なる工事費として見るのではなく、これからの暮らしに対する投資として考えることである。
外構は、毎日目に入る。毎日使う。毎日、家族の暮らしに関わる。
だからこそ私は、外構を軽く見てはいけないと思っている。庭や外まわりは、なくても生活はできるかもしれない。しかし、きちんと考えられた外構があることで、暮らしは確実に変わる。家に帰る気持ちが少し明るくなる。休日に外へ出る理由ができる。家族との時間が自然と生まれる。隣人や通行人の視線から守られ、心が休まる。
外構とは、家の余白ではない。
それは、暮らしの入口であり、家族の時間を支える場所であり、その家らしさをつくる大切な空間である。だから家づくりは、建物だけで考えるのではなく、庭・外構から考えるべきである。
私はこれからも、外構を単なる工事としてではなく、暮らしの価値をつくる仕事として向き合っていきたい。
by 丸山マナブ

